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  • 1-3-2 たったの五千六百円なのよ・・・
    安部公房作 カトレア読書会演出 「友達」 2006年11月30日(木)~12月3日(日) 手織座にて

2009年4月18日 (土)

毒・観劇メモ「三文オペラ」

三文オペラ」
4月17日(金)19:00観劇
Bunkamuraシアターコクーン

作:ベルトルト・ブレヒト
音楽:クルト・ヴァイル 
演出:宮本亜門
出演:三上博史、秋山菜津子、安倍なつみ、松田美由紀、
明星真由美、米良美一、田口トモロヲ、デーモン小暮閣下ほか
だそうで・・・

久しぶりの毒・観劇メモ。散々毒づきますし、ネタばれもありますから、これからお芝居を観ようとする方や、出演者のファン、関係者で読んで不愉快な思いしたくない方には絶対お勧めいたしませんのでか、あしからず。

最近とんと芝居を見ていなかった、毒・管理人にとって、久々の観劇体験です。
で、結論を言うと、・・・

終わり良ければ全て良し?みたいな。

劇場入ると、舞台前面には、緞帳代わりのベニヤで作られた巨大な架設壁。客席の手すりやなんやら、黄色い立ち入り禁止テープがぐるぐる巻かれている。

で席に座って、お隣のFさんと雑談などしてると、開演チャイムと場内アナウンス、、、が突然あらゆるものが断ち切られるかのように、ガツン!!!と大音量で禍々しい音楽。架設のベニヤ緞帳一面に新聞や週刊誌の三面記事の見出しコラージュ映像。いかにもショッキングな始まり。。。うん、かっこよかったです。但しそれまでのこと。。。
幕が上がって芝居が進んでいくうちに、どんどんたるくなっていく・・・どんどん眠くな~る・・・体が傾いでいくぅ・・・(催眠術か!)
訳された馴染まない台詞と、イマイチピンとこない物語設定に心が遠のく。何より諸悪の根源は、役者の台詞が全然聞こえなかった!これが一番辛かった。。。観客席と舞台がやけに遠く感じ。。。それって心理的なものばかりじゃなく、実際、役者が生声じゃなく、マイク通した声だったもんで。(生バンドが舞台上で演奏してるから仕方ありませんが)耳に入ってくる役者の声が平板なんですよ全編。声が反響しちゃって聞き辛かった。あれをずっと聞かされるのは正直疲れました。。。ですから先に言ったように、台詞や歌が何喋ってるか分からず、結局6割くらいしか理解できませんでした。
そんなわけで、これから観にいく人には、是非、戯曲購入しての予習をお勧めいたします。

戯曲は、悪人同士の欲望剥き出しの、騙し騙され出し抜かれの応酬。ピカレスクロマンってとこでしょうか。それを現代社会、特に日本と思わせるようなイメージに引き寄せてもみたりしちゃったり?。しかし小悪党たちの空騒ぎが、きゃあきゃあと続きますが、それがさっぱりぴんとこない。台詞が聞こえないことで拍車がかかり、最後まで役者にリアリティを感じられず、共感できるものなく終わってしまいました。。。

しきりに演出が、スクリーンに観客席の客を投影してみたり、役者が客を挑発するような演技してみたり・・・舞台で展開される欲望にまみれた数々の所業も、一皮剥けば、中流然として観客席に安心して座ってる、乙に澄ましたあんたらの心の姿そのままなんだよお!って、そういう感じな?的な?・・・っていうか、今更言われなくても、んなこた分かってるよって気持ちですね。。。実生活じゃ食うに困って無い演者と観客の出来レースみたいな戯れ事に感じちゃいまして。なぁんか嘘くせえなぁ~ってねぇ。。。鼻白んじゃうのですよ。そんな閉じた円から出て行かない気持ち悪い感じがずぅっと続いたまま、終わっちゃうんですよねえ。。。最後は、絞首刑になるはずの主人公が、権力(女王様)の恩赦によって助かってしまうし。。。ん?この気持ち悪さは、なんかの隠喩?
ま、百歩譲って、そんなことのあれやらこれやら、やりたかったことを認めるにしても、観客が息苦しくなるような、そんな訴えかけてくる力がイマイチ足らんかったです。残念。

スクリーンいっぱいに歌詞に合わせたエロ劇画使ってみたり、娼館では、スッポンポンでSMちっくな衣装着けたセクシーなニューハーフ嬢が登場したりと、そんな見た目に刺激的で、エモーショナルな実験的仕掛けを手を変え品を変え繰り出すのですが、、、ん~、そういうのって、厳しい言い方させてもらうと〝思わせぶり〟にしか感じられず・・・敢えて言えば、こけおどし?・・・もうどこかで見た景色ばかり。。。もういいですぅ~って食傷気味。。。芝居で出来ることってこんなものですか?!表現って、かつてやったことの順列組み合わせですか?「うん、そうですけど。何か?」と冷めてる自分も居たりして・・・そんな演劇表現の可能性をも疑う気持ちにさえなり、煩悶してしまった夕べでした。。。あ?!でも、それって、毒・管理人が年取ったってことでしょうか?!。。。この舞台は聞くより考えるより、感じろ!・・・と、誰かさんは言いたいのでしょうが、、、感じられないもんは感じられなかったんだから仕方ないです。残念。

美術。舞台機構を露わにした素舞台。。。それでいて結構お金のかかった装置が、細かく出てきましたねあれやらこれやら。ただいかんせん、素舞台に加えて本来のステージ面を更に下へ下げたから、上も下も右も左も、まあ広いのなんのガラガラ。たくさん人やモノが登場しても寂しいことこの上なし。もともとシアターコクーンってそれほど好きな劇場じゃないですが、ここまで広くて寒々しいとは、、、あ?それってまさか心理描写の為の演出意図だったのでしょうか?

しかしエンディングは賛否分かれると思いますが、毒・管理人的には良かったです。はい。ようやく目が覚めました。主人公の処刑シーンが一転どんでん返し。女王の恩赦でいきなり処刑中止!ハレルヤ!って誉れのシーンを、雨のような幾千本のキラキラテープが天井から垂れ下がって、舞台空間埋め尽くし、そこへ女王に扮した米良美一さんが、真紅の女王衣装で登場!スカート部分には薔薇風の飾りが幾重にも細工されていて超ゴージャス!米良さんカウンターテナーで歌い、出演者全員、なんちゃってキティ面被って馬鹿踊り!田口トモロヲさん扮する警察署長は、村上隆ばりのピンクのFRP製木馬にまたがり神妙な面持。。。笑った。今回唯一、観てよかったと思えたシーンでした。正直一幕終わったあたりで(全三幕)帰りたかったんですけど、最後まで見てよかったです。

そんなわけで、終わり良ければ全て良し?というような・・・

目についた役者さん感想
<三上博史さん>
・良かったです。はい。衣装とメーク。あ、もちろん立ち姿もカッコ良かったし歌も良かったですよ。「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」の彼も見たかったですねぇ。
<米良美一さん>
・素晴らしいです。エンターテナーです。幕間の力の抜けた喋りや、ラストの女王様姿が圧巻。存在自体が、この戯曲の真髄を見事に体現していると言っても過言ではありません。
<安倍なつみさん>
・ご存知元モー娘。アイドルから脱皮しようとする気合はおじさん買いますよ。・・・ん?買いますよって、そういう意味じゃなくって。。。でも鰤鰤演技がやりすぎて、台詞の半分くらい何言ってるかさっぱり分かりませんでしたよ。
<デーモン小暮さん>
・なんだよ閣下ぁぁぁ。精彩なし。実は一番期待してたのにい。もっと高らかにハイトーンヴォイスでヘヴィメタ調に歌い上げてくれると思ったら期待ハズレ。てか悪魔とはいえ、所詮ヘビメタ歌手で役者じゃないから舞台上での声の圧力が全く無い。だもんで存在が小さく見えちゃいましたねえ。。。
<田口トモロヲさん>
・田口さんて俳優さんを、まだ私は〝いっちゃってる演技〟の人という偏見で見ているせいか、まともな芝居されると、ものすごい喰い足りなくて、やっぱ期待ハズレ。
<秋山菜津子さん>
・うん、良い女優さんですね。安定してます。きついメークが娼館の女将の雰囲気ピッタリ。

以上、毒づきましたが、何度も書きますが台詞聞こえなかったので観終わってもまだ話がよく分かってません。そもそも戯曲「三文オペラ」を読んだこと無かったし、情報無しで観に行って、細かい台詞の4割近く聞き取れなかったもので、物語の全貌未だ見えず不完全燃焼。。。

っていうか、あーた、お芝居お齧りになったことおありなら、ブレヒト様の「三文オペラ」くらい、ご存じないのは、単なるお勉強不足じゃござ~んせんことぉ?オホホホ!・・・とか言われちゃいそうなので・・・

次回第45回カトレア読書会は、勝手ながらベルトルト・ブレヒト作「三文オペラ」を読ませていただきたいと思います。

テキストは『三文オペラ』 (ベルトルト・ブレヒト著 酒寄進一・翻訳 長崎出版 2007年10月発売 174ページ 1,680円)を使いたいと思います。既にお持ちの方、図書館で借りることができる方は、持参していただけると助かります。

多数のご参加お待ちしております。

2008年3月27日 (木)

毒・観劇メモ

ども。毒・カトレア管理人です。

知り合いの芝居を観にいって、つまらなかったときって、ホント大変だよね。
しかも初日だった日にゃ、まだ公演始まったばかりだから、出演してるその知り合いにくそみそ言うわけにもいかず、かと言って性格上お愛想言うと口が曲がるし・・・

で、昨夜とある芝居を観にいったわけさ・・・

ま、でも今回3000円も払ったし、大体が公演のあったシアターうんたらのある駅まで、JRでうちから片道690円!
×2でおよそ1400円!
そんだけ出費して観にいったわけだから、言わせてもらうよ。毒吐かせてもらいますよ。

芝居ってさぁ、稽古してると、だんだん稽古してることが面白くなってしまって、最終的に公演で客に見せるんだ!って思考が鈍る。
客に対して鈍った思考で公演打つと、そりゃあ演技は稽古積んだからよくできました状態だろけど、他のこと、つまり具体的には、美術、衣装、照明、音楽(SE含め)、制作etcに、ほころびが出てきて、実は客って、そういうところに妙に敏感だったりする。
いや、そういうところに敏感な客もいるってことにしとこう。で、私は、そういうところに敏感な客なわけだ。

でね、たとえば、客入れ一つで、その芝居が見えちゃったりするわけさ。
今回のお芝居も、言わせて貰えば、客入れがだらしなかったおかげで、公演全体に対する私の印象がだいなし。
まず、客入れしてた御仁の格好がだらしなかったし、客入れ態度がだらしない。
だらしないと言っても、だらだらしてるという意味じゃなく、気持ちがどっか緩いというか、客に対して向かってないというか、言っちゃえば客に媚びてる、気持ちが既に負けちゃってる、へらへらするなぁ~!

会場は、劇場の客席と舞台を逆に使っており、つまり客は舞台に上がって、そこに特別に設えられた空間に入っていくわけだ。
正直、ホントはこれで客はビビルし緊張するのさ。いい意味でテンションあがるわけですよぉ「一体何がはじまるんだろうと?!と。。。。
黒で統一された空間は、スクエアの平場舞台を、三方から客が椅子で囲んで観るようになってるのだが、御仁は、やたら正面から見ることを客にすすめる。
わかるよ、正面から見たほうがいいくらい。。。でも、どうにも、こうにも正面から見てもらいたいようで開演直前まで、正面から見ることをやたら勧める勧める。。。
わかったってば。。。
それに、芝居中(暗転中とか)、役者が客席近くにくるかもしれないから、足を出してるとひっかかるかもしれないから、引っ込めておいてくれだのなんだのうだうだうだうだ・・・
分かるよ!そんくらい!てかひっかかったって、それも醍醐味だろが!電車にしろ、街中ににしろ、日本は余計なアナウンスが過剰なんだよ!みたいな的な!

だいたい御仁!

あんたのその便所サンダルはなんだ?!
そして、そのだらしない赤いTシャツはなんだ?!

芝居は、黒い空間で、役者は、白と黒を基調とした衣装だったのだが
なんであんた赤いTシャツなんだ!?しかも首んとこユルユルの!

舞台監督かな?と思ったが、そうでもなさそうだし・・・
かといって、制作かな?と思ったが、あまりにだらしない・・・
後で、聞いたら、演出家だと・・・
とほほ
あのね悪いことは言わない
金輪際、客入れは誰かに任せなさい。
ああいうものは、必要最低限の言葉でアナウンスし、極めて事務的にやってほしいのだよ。
さもなくば、既に芝居は始まってる!と思わせてくれるような
客入れキボンぬ

で、終わって客出しなわけさ
衝撃のラスト、バックが割れるとそこには、劇場の無人の客席!もうもうと湧き上がるスモークにバックライト!高まる音楽!
そして、静かに流れる、終わりをつける歌・・・
客は、「おお、終わったかぁ・・・」と、面白かろうがなかろうが一つのカタルシスに浸っているわけさ。。。
それを
かの御仁、客電点くやいなや、すかさず出てきて
「本日の公演はこれにて終了でぇす。尚、お手元のアンケートにご協力くださーい(^O^)/」ってぇ、

あんた余韻のターミネーターか(--;
ゴジラ上陸してあっという間に議事堂叩き壊されたよ、みたいな・・・

便所サンダルの御仁の貧乏臭さのおかげで
美術や衣装の簡素さが、全てにおいて余計に貧乏くさく
つまりお金かけられませんでした・・・って言い訳にしか、うつらなかったんだよ~~~

でも、役者の名誉の為にこれだけは言っておく

役者は演技頑張ってた。

ただ、頑張ることと、芝居が面白いかどうかは別なんだよ。ごめんな。

ああ無情。

2007年2月12日 (月)

【観劇メモ】フール・フォア・ラブ

金曜日に、ツレが大ファンの香川照之さんと寺島しのぶさんが主演のサム・シェパード作「フール・フォア・ラブ」をPARCO劇場に観に行きまして。PARCO劇場が企画する新スタンダードシリーズで、これまでも海外の現代戯曲が様々な演出家で紹介されたようで、興味深いです。

あらすじは・・・アメリカ西部の片田舎ニューメキシコの砂漠のはずれ。どこぞと知らぬモーテルの一室。どうも恋人同士らしき、メイ(寺島しのぶ)とエディ(香川照之)の痴話喧嘩。メイはエディの元を飛び出して、それをエディが車を2千何十マイルも車飛ばして追いかけてきたらしいのですね。二度と離れたくないと言うエディに、一度はすがりつくそぶりを見せたメイだけど、急にエディに罵声を浴びせたりします。そしていざエディが出て行こうとすると、また必死に止めようとする。メイはエディが伯爵夫人と呼ばれるモデルにうつつをぬかしている事を知っていて、そのことでエディをなじるのです。エディはメイにワイオミングに行こうと誘うけど、キャンピング・カーに乗っての生活なんてもううんざりと断る。・・・実はこの二人、腹違いの兄妹。放蕩親父のせいで、数奇な運命を背負ってしまったわけです。で、やがて伯爵夫人がやってきて、マグナムぶっ放したり、実はエディの母親が自らの額に銃口当てて自殺した話とか、まあ、悲惨な話がボロボロと。。。で、最後は、伯爵夫人がまたやってきて、車ごとモーテルに突っ込んで炎上!さて二人は・・・・

美術がモーテルの一室を舞台にしてるのですが、その背景、つまり客から見るとモーテルのセットの背後の頭上に、西部の砂漠の風景(並んでる電信柱、掘っ立て小屋、遠くの山並み)が見えて、時間と共に照明で、夕暮れになったり朝焼けになったり、、、それが美しかったですね。美術は、劇場でのお芝居感を味合わせてくれて、とても良かったですね。

あ、ちなみに演出が行定勲氏。この前のファブリカ演出した本広監督といい今回といい、映画監督が芝居演出するのが流行っているのでしょうか。じゃ、今度は誰だろう・・・「OUT」や「愛を乞う人」の平山秀行監督あたりなんか、堅実な演出しそうですね。

あ、あとこの作品、既に映画にもなっていて、なんとサム・シェパード自身が出演し、メイ役をキム・ベイシンガーが演じているんですと?!そりゃあ観たいwana!

登場人物といえば全部で4人のお芝居。メイ、エディの二人に、メイが逃避行先で仲良くなった、とっぽい田舎の若者マーティン(甲本裕雅)と、舞台の最初から終わりまで幽霊のようにフラフラといる老人・・実は親父(大谷亮介)。この父親、幽霊なのか、幻なのか、あるいは現実に存在してるのか、どうもメイとエディしか会話が成立しないのだけど、いっつも部屋の片隅にロッキングチェアーに座って、安酒あおってる。で、ときどき二人の前で、自分勝手なこと言って、またひっこむのでした。実は、これが面白かったな。大谷亮介さんの実に渋い声と、日本人離れした面立ちが印象的。

それにしても香川照之氏。西部のいかしたカウボーイ役ですから、カウボーイハットにロデオシャツ、投げ縄したり、ブーツに拍車つけたりがお洒落アイテム・・・が、役柄とはいえ、、、どうなの?お世辞にも、日本人である氏には、、、あまり似合っては、いなぁ・・・ぃ、、、かなぁ・・・(^^;って・・・あんまり酷い事言うと、ツレをはじめ香川照之ファンに殺されるのでこれ以上言いません(--;・・・いや、ま、「ジ・アメリカ」サム・シェパードの戯曲芝居にしてるわけですから、そんな衣装なるのは必然で、あたりまえなんですけどねぇ。。。あと自慢気に投げ縄の腕前を披露するシーンがあるんだけど、3~4回に一回失敗するから、見ているこっちも、ちょっとヒヤヒヤ腰が落ち着かない(^^;・・・あ、でも、ご本人は芝居楽しそうだったし体張った演技がんばってましたし、良かったのではないでしょうか。「鬼が来た」以来、筆者も大好きな俳優さんです。今回役作りのお髭面が、お好きな人にはたまらないと思います。。。

寺島しのぶさん。最近でも「愛ルケ」とか、映画やテレビ方面では俄然人気女優ですね。確かに今回もまっすぐだけど繊細な難しい役どころを、上手にこなしています。しかしいかんせん彼女、可哀そうなのは、声があまりよくない・・・声が張れない・・・ん~~、こればかりはいかんともしがたい・・・とはいえ彼女の主演した「バイブレータ」、「赤目四十八瀧~」とか大好きな映画だし、やっぱり女優としては今後も筆者は買っています。

それにしても、寺島氏も香川氏も、これまでマスコミにさらけ出された生い立ちを見ましても、ある意味「梨園」に対しては挫折・愛憎なかばし、その性格形成において何らかの屈折があり、「怨念」すら持ってるのではという、そんなお二方がそろい踏み。。。今回のお芝居も、父が放蕩の末、家を飛び出し、エディもメイも母子家庭。やがて二人は“血”によって、近親相姦に陥り、愛し合っているのに結ばれない・・・という運命を背負う役回り。こりゃあ、偶然とはいえ、キーワードの数々がお二人の人生と少なからず重なる部分もありやなしや、、、ある意味ハマってます。(パンフレットの文章でも香川氏はちょっと触れていましたけどね)。。。いやあぁまさか、そんな裏テーマが仕組まれたとは思わないけど。。。ましかし、筆者のようにそんなうがった見かたをする観客がいることも分かった上で、そんな奇妙な重なり具合を、お二人ともかえって面白がって演っていたんじゃないか(^^?くらいなサバけっぷりあっていっそ潔かったですよ。うんうん(--

2007年1月27日 (土)

【観劇メモ】のむらんぷvol.2「前世喫茶」

本日夜、新宿のTHEATER POOにのむらんぷvol.2「前世喫茶」を観にいきまして。発見の会公演の「幸せのロン」「革命的浪漫主義」にも出演し、その類稀な個性的な演技で、「こいつは未来の大竹しのぶ?!白石加代子か?!」と皆に言わしめた、“ノックちゃん”こと横山晃子が、二人芝居をやるってことで、個人的にノックちゃんファンである筆者、観にいきまして。。。

シアターPOO。普段は、飲み屋としても営業している飲み屋兼芝居小屋です。世界劇場の小島邦彦氏がオーナーで、氏の定打ち小屋でもあります。芝居小屋というより、一昔前まで新宿にはよく見られたJAZZ喫茶の雰囲気を残している空間で、決して広いとは言い難いのですが、少人数のライブや芝居をやったり、その独特な雰囲気を生かせば面白いことができそうな空間です。

芝居は・・・普段の営業スタイルと同じようにテーブル椅子そのまま、お客は普段の営業時間に来たように着席。すると、一つのテーブルで二人の若い女の子達の会話が始まります。。。ここが「前世喫茶」だという。。。前世喫茶に来たお客は、皆、三つの前世を注文することになっているらしい・・・で、そこから、「待つ」をテーマに、三つの短編芝居がオムニバスで展開する。「バス亭」(オオタスセリ作)、「レストラン・アラスカ」、「ワニ」・・・そして・・・

台詞作りがとても端整で綺麗です。みんなでアイデア出し合い、最終的に若い女性の本書き(内藤加恵さん)が脚本として仕上げたらしいのですが、とても達者な筆さばき。いつか長編の一本モノが観てみたいものです。

惜しむらくは、初日で緊張もあったせいか、二人の演者の芝居が多少硬かったことでしょうか・・・せっかく台詞は面白いので、もうすこし緩急つけて、間を大切にし、台詞がちゃんとお客さんの、腑に落ちるようにしてくれると(それは役者自身も腑に落ちていれば)もっともっとよくなると思いますね・・・台詞発声マシーンにならないように・・・。まだ明日明後日四回あるから、きっとよくなっていくことでしょう。

2007年1月25日 (木)

【観劇メモ】Fabrica[10.01] (ファブリカ) ※ネタバレするよ~

23日(火曜)。赤坂RED/THEATERで上演中の「Fabrica[10.01] (ファブリカ)」を観にいきまして。いえ、観にいきたかったわけじゃなく、ひょんなことで、ご招待いただいたもので、、、なもんで全く何の前知識もなく行きまして、赤坂見附駅前にあんなお洒落風な劇場が出来ていたとは知りませんでした。。。

何でも、映画「踊る大走査線」とか「UDON」で、ヒットを飛ばした、本広克行監督が、いまをときめく、お洒落な小劇場の人気の若い役者さん集めて演出して作ったお芝居だとか。本広克行監督、映画当たって、儲かったんでしょうねえ(^^;で、お芝居とやってみたくなったのですねぇ。ええ、確かに、皆さん上手でしたねえ。とても達者です今どきの若い役者さん達。で、見渡せば、客席中、いかにもそれと分る、「業界」な雰囲気に満ち満ちておりました(^^;

物語は要するに、「平成版ふぞろいの林檎たち」ってところでしょうか。学生時代に映画サークルで、ひと夏、映画製作に集まった若者達と、その彼らの10年後の姿を往還しながら展開します。映画製作に熱中しながら、卒業を控え就職活動に奔走するもの、将来に迷うもの、恋愛、家族、実らぬ恋・・・10年後、彼らはそれぞれに人生に迷いながらも暮らしています。そして学生時代にあの映画を製作した監督が、かつて撮った作品に、大人になった今の自分達の姿を撮影して付け加え、もう一本の新しい作品にしたいと再び仲間達を呼び集めます。10年後の彼ら、、、父親の会社で煮えきらずに漫然と働くもの、夢を諦められずバイトしながら役者をやっているもの、親の介護と仕事に疲れきっているもの、結婚したものの埋められない心の空虚をかかえているもの・・・etc

ラストは、そんな彼らが、仲間の母親が死に、その告別式に集まったところで、桜吹雪舞い散る中、(みんなで写真を撮ろうなんて言ってたかな?忘れた・・・)で、幕・・・

あ、いきなり、細かいこと言わせてもらいますが、、、普通、告別式に仲間来ても、喪主は、仲間とのんびり話なんかしていられません。葬式にしか会わないような親戚のおじちゃん、おばちゃん、従兄弟なんか来て相手したりして、いろいろ忙しいですから喪主さんは。挨拶もそこそこですよ。・・・だからお友達もぉ、お焼香したら、「じゃ、また落ち着いたらゆっくり話そうね・・・」って、ふつう気を遣って、そそくさと退散でしょ。。。て、思い返すと、そういう細かいところが、やけに気になるのです。。。(--。。。あ、でも、最近だと核家族化で、親が親戚と没交渉の家族もあるから、まぁ、ありか?・・・とか、どうでもいい話ですね(^^;

って、あ、も一つ細かいこと思い出しちゃった。。。お芝居やってる先輩後輩が、飲み屋で、生ビール中ジョッキで乾杯~!って場面。。。
二人の握ったジョッキの生ビール、全然、泡が立ってないじゃん!?
飲みかけ?それとも、お小水かよ?!、、、(--;それはアカンやろ~。。。とか、ホントどうでもいいことですね(^^;

うんうん。ま、でも、わかります。ありますね、こういう物語。これといった不満もありません。大した破綻はなし、役者もよどみ無し。嫌味も無いし、毒も無い。お腹に溜まらない、お洒落~なcafeの、カフェめしをいただいた気分です。「演劇観た!」っていうより、フジテレビの青春ドラマ観たような、そんな心もちです。でも時代でしょうか、どのキャラクターも、生命力がとても弱そうなんです。。。なんか突然大きな力が襲い掛かってきたら、すぐに食べられちゃいそうな草食動物って感じです。いえ、それは自分も含め、いまどきの日本国に生きる人間を描くとこうなるんでしょう。・・・改憲反対のデモとか絶対行かなさそうだし(^^ いや若者に限らず大人も普通行かないか(^^;・・・ってまた、どうでもいい話ですな(^^;

書き手は女性らしく(たぶん比較的若い女の子かな?)、今時の30代の人たちの会話は自然で上手いです。が、誰が誰を好きで~誰と誰が三角関係で~・・・とか、もうそういうの、どうでもいいわい(><);;;;!親の介護の話とか扱ってましたが、突っ込み不足・・・とは思いましたが、まぁ幕の内弁当的に、いろんなことを広く浅く表面的に散りばめているわけですから、一つのテーマを突っ込むような話でなく、あくまで青春グラフティなわけですからね、あんなものでしょう。。。

とはいえ、男の書き手では、ああは書けないだろうという女優陣の台詞の数々は、リアリティあってよかったですね。女性ばかりのなにげない普通のシーンでも、みんな顔で笑いながらも・・・「こいつら絶対心の底で毒づきあってる!?」って感じで、妙~に生々しく、恐くていたたまれなかったです・・・女って、恐~~~ってね・・・

セットは、いきなり幕開け「え?!素舞台?!最後までもつのか?!」と不安になりましたが、その後、積み木みたいな立体パーツが出てきて、それを様々組み合わせて、場面転換し、それなりにキレイに見せてました。。。。(--

お金かかってねええええええ(><);;;;;;;;

絶対、赤字にはならないですね、こりゃ(^^;

ま、タダで見せていただいたので、文句のつけようが、ありませーん(^o^)/

2007年1月14日 (日)

【観劇メモ】蜂蜜劇場「鰍森」

昨日、今回が旗揚げの蜂蜜劇場「鰍森」を、えっちらおっちら新小岩劇場まで観にいきまして。防音、断熱も何もなされていない工場の二階の30畳ほどの空間ですので、前日観にいった知人から、それはそれは寒いから防寒怠りなきよう脅され、恐れをなしてホカロン二つ装着の上、いざ行って見れば、客は満員、ダンボールアートで埋めつくしてくれてるおかげで、かなり暖かい。いやぁダンボールは偉大だぁ。。。っていうか、ホカロン一個余分だった!

お話は・・・ひょんなことから森の中を彷徨うことになった、ホームレス、飛行機で堕ちた人、etc。。。いろんな人たちの有象無象、妄想虚言、戦争をめぐる堂々巡りが入り乱れ、後半は押入れの異次元空間から茨姫の童話世界にも迷い込み・・・皆それぞれの春を待ちつつ。。。と実はわけわかってないんですけど(^^; 

役者では、元どくんごで、水族館劇場にも参加していた佐藤秦博さん・・・おっもしろいです!青空球児のようなその面構えと声。いい役者さんだぁ!この人見てるだけで、今日は来た甲斐あったなぁと。。。個人的には、役者自身の自主稽古によるキャラ作りを、最終的に物語に編み上げていくって手法は,ちょっと苦手なんですが、でも佐藤さんオリジナルの台詞(飛行機が墜落して森に彷徨いこんだ「横井」という人物から始まる物語世界)、テキスト作りは、言葉の選び方、並び方がうまくて、それでいて愛嬌もあってチャーミング。安易な言い方だけど、どうしょもなく滲み出るセンスというものでしょうか。役者としての自力の差と言っちゃうとみも蓋もないけど、自分をコントロールして集中できる人の自主稽古の賜物は、そりゃあ、いくら見ていても見飽きないものですよ。拍手。

中村、伊牟田、佐藤、三人の男優による、下ろし金でそれぞれ自らの頭上に大根の雪を降らせる「雪の降る町を」の行軍はリリカルで美しかった。。。

それと音楽がブラスバンドの生音だったことにビックリ(@@;;;っていうか、近隣に住宅やマンションあるこんな防音設備のないところで、こんな大きな生音出して大丈夫なのかよぉぉぉ(><);;;!?と心配になりましたが(^^;
ブラスの生音がとても暖かく鼓膜に染み入りました。。。

途中、役者の身内と思われる酔客の的を得た合いの手に場内笑いで沸いたり、その酔客をまた別の客(これも身内)が「芝居の邪魔だ!」ってんで引きずり出して、場外乱闘起きたり、ライブ感たっぷりで、それはそれで一興。。。役者はやり辛そうだったが(^^;

ま、でも、以上のことしか印象に残っとらん。いかんせん、長かったし・・・・(--;

2007年1月13日 (土)

【観劇メモ】劇団鹿殺し「僕を愛ちて。」

昨日、「友達」にも出演してくれたリアルマッスル泉くんも参加する、劇団鹿殺し「僕を愛ちて。」を池袋シアターグリーン・BOX in BOX THEATERに観に行きました。大阪から、退路を断って上京し、東京の郊外で集団生活しながら、精力的な路上パフォーマンスで若者に人気があるらしい・・・そんな話を漏れ聞いており、一度は観てみたいと思っておりました。

で、観ました。。。

若い!カラダがキレてる!(全員じゃないが・・・)、音楽カッコいい!(特にハードコアな感じが・・・)、コアな世代にしか分らないギャグ!(ビミョーにツボはずした古さも感じたが・・・)、男の子みんな可愛い!(って書くとなんか誤解生みそうだが・・・)。ホント役者達は「若者の発露!」って感じで、ひとりひとりキャラが立ってて好感持てましたよ。見た目、ちゃんと物語やるフィジカルで健康的な鉄割りアルバトロスケット・・・ってな感じでしょうか。

うん・・・確かに若者にウケるのわかります。きっと筆者が19歳だったら「鹿殺しいれてください!」って言ってたかも(笑)

そして舞台をハツラツと動き回っている彼らを見ながら、なんだかとても懐かすぃ~気持ちになりました。筆者がだらだらと切れの悪いショー便みたいに続けている某劇団の(といってもメンバー二人ですが(^^;・・・)、黎明期のいくつかの舞台の記憶と重ね合わせ、「ああ、おいらたちも、あんな風に一生懸命、無意味に身体張って動き回ってたっけなぁ・・・」と、サバンナを走る俊敏でしなやかな草食動物たちのような彼らを見ながら、メタボたっぷりの下腹をさすりさすり思ったのでした。。。

泉くん、がんばってましたぁ。序盤活躍するのですが、「お、泉くんは、鹿殺しのメンバーになっちゃったか?!」と、みまごうばかりのハマリよう。
終演後、飲んでいろいろ聞いたのですが、なんと、紅一点の女子が主宰だということに驚き(@@;;;。今回の主演の男の子(20代後半らしい)が台本を書き、同じくその恋人役である女子(やはり20代後半)が演出家であり主宰であると。。。あんなあんちゃん達を、あんな華奢な子が束ねているとは・・・へ~、であります。

内容はぁ、、、まだ始まったばかりで、これから観に行く人もいるから書きませんが、、、青年期のある時期、必ず通る道・・・的なお芝居・・・っての?書き手が二十うん年そこら生きてきた持ち駒しかねえんだから、世界観が狭いのは仕方なしか(--;。。。20代後半な書き手の、精一杯等身大的妄想世界なわけで、あらゆるメディアから取り込んだパロディとしてのギャグやら、ニート、ジャンクフード、親、友達、地方で生きる青春の鬱鬱etc・・・語られる幾つかの要素を、既に遥か昔に通過してしまった筆者は、もはやあの場所にはいないという、なんちゅうか先にも述べましたが「懐かしさ」というか、生きとし生けるもの皆、必ずや老いさらばえ死ぬのだよ・・・という「無常感」すら感じてしまったのでした。

ロックの楽曲、歌、アクション随所に。難を言えば、劇場の狭い椅子席に縛られて観ることが居心地悪いというか、窮屈に感じましたね。路上で身体張ってる彼らですから大人しく物語という枠組みに納まり切ろうというのが似合わないんじゃないかなぁ。。。ライブハウスでもやってるらしんですが。。。なるほど、ライブみたいにスタンディングでワーワー言いながら観たかったかなぁ。。。

そんな諸行deムーチョ。

22日まで東京でやって、そのあとは、大阪、神戸と巡業する長丁場。どうか怪我には気をつけて駆け抜けてください。

(数日後の1月19日)

・・・と、書いてたら、「よっぽど面白かったんだね?」と知り合いに言われたんですが、いえいえ、そうじゃなくて、面白かったか?と言われれば、すごく面白かったわけでもなし。じゃあ見て損したのか?と言われれば、、、いや見て損はなかった。といったところでしょうか。だって確かに役者はみんな精一杯がんばってたもの。

・・・が、決して褒めているつもりはありませぬ。。。何せ脚本が100点満点でいえば45点・・・ちゃんと心にひっかかる台詞(言葉)が全くなかった・・・全編、テレビや漫画、なんらかのメディアからひっぱってきた誰かの言葉、うわすべりなパロディがあまりに多すぎ・・・情報に囲まれすぎて、それをパッチワークのように切り張りして会話している我々も含めた現代人特有のものであろうが・・・いや、オリジナリティとは何ぞや?あらゆる作品というものが、過去の作品のパッチワークじゃないか!とかいう難しい話に持ち込むつもりはさらさら無いのですが、なんか書き手の菜種油を必死に搾り出すような言葉が、その萌芽を、可能性を予感させるだけにとどまったのが残念。そして年齢はこの際関係なく、同じ時代を生きるものとして、あまりに今回の脚本は僕みたいな年かさいった客に対しては閉じている気がしたんだよなぁ・・・って、まぁ、言った言葉、天に唾して、そのまま自分に跳ね返ってくること承知ですがね。

脚本良ければ、相当面白い舞台になったろう。惜しいなぁ・・・でもまあ、その脚本の至らなさを、感じさせぬ若い身体と勢いがあるから、今は、これはこれでいいんだろうけどね・・・

2007年1月10日 (水)

【観劇メモ】坂東冨起子先生の舞踊 清元「山帰り」

去年公演した「友達」で、急遽、私たちの無理やりなお願いを快く引き受けてくださり、見事な振り付けしてくださった山田先生(坂東冨起子先生)。踊りのスペシャリストであり、演出家としてもご活躍です。その山田先生は、毎年新年のはじめには「各流派合同新春舞踊大会」に出演されているのですが、今年も出演されるということでご招待券をいただき、筆者としては是非一度観てみたいと、1月6日雨の土曜日、国立劇場小ホールに出向きました。

初めて生で日本舞踊見ました。いいものですねえ~日本舞踊♪。。。三味線、鼓の音、のびやかな歌いが心地よい。まだ松の内、お正月気分が残る中、着物の女性が場内を埋め、日本人であることをしみじみ思い入るひと時でした。

で、山田先生の踊り、、、男踊りだったのですが
いなせでカッコよかったぁ~(><);;;!!!

演目は、清元「山帰り」という踊り。「日本舞踊演目解説」から引用させていただいますと・・・・

【山帰り[やまがえり]】
●江戸の町から見える富士山の手前に、富士に重なるように見えた山を大山といいます。この山は江戸庶民の信仰の対象であり、大山参りは人気がありました。この演目は、六月二十七日から七月十七日まで許されていた、大山参り(奥の院参拝)の、最後の五日間である盆山に、借金取りから逃れた鳶などの仕事師たちのことを舞踊化して作られました。その内容から、別に『大山参り』 とも呼ばれています。大山神社の石尊社[しゃくそんしゃ]へ参詣した仕事師たちが、その帰りの道中、博打に負けたうえ、宿で買わされた安女郎にも劣った女たちについて、自分たちの間抜けぶりを、自嘲する、というのがあらすじとなります。
●「伊勢の御が」のオキの後、花道より威勢良く出てくる江戸の仕事師たちは、自嘲的な悪態をつきながら本舞台へ。お目当ての女に振られた間抜けなさまを自嘲的に踊った後、新内の「蘭蝶」のクドキ、手拭いの踊りを見せます。庄内地方の民謡、庄内節を踊り、チラシ、最後は再び旅を続けようとするところで幕となります。
●文政六年(1823)八月、江戸森田座初演。作詞は二代目桜田治助、作曲:初代清元斎兵衛。五変化『法花姿色々』のひとつ。本名題は『山帰強桔梗』(やまがえりまけぬききょう)別に『大山参り』 とも呼ばれている。初演時、三代目坂東三津五郎が親戚である七代目森田勘弥五十回忌として踊られた。上演時間は、およそ16分。

・・・だそうです。

解説にもありますが、花道にパアッと照明があてられ、威勢よく登場する山田先生の粋でいなせな立ち姿よ!踊りはケレン味があって格好よく、時には軽妙な振りで会場から笑いをさそい、また時には叙情的に踊り、うむむむむ・・・正直惚れました。ホントかっこよかったです。

ちなみに、坂東冨起子先生のプロフィールを、ネット上の別のサイトで拝見したところ・・・日本舞踊家。1975年、日舞・宗家藤間流名取り取得、1980師範名取り取得。その後、故武智鉄二門下の坂東梢師に師事し、2002年、坂東流に移籍。その間、地唄舞を吉村流五世家元・故吉村雄輝夫師に師事。また狂言を茂山千之丞師、暗黒舞踏を故土方巽師、演劇を元劇団民藝演出家・故宮内満也師に師事。現在は古典としての日舞・地唄舞のほか創作舞踊、芝居、ミュージカルの構成、演出、振付などを手がける。

な、なにぃ?!・・・狂言を茂山千之丞師、暗黒舞踏を故土方巽師、演劇を元劇団民藝演出家・故宮内満也師に師事・・・なるほどぉ(^^;あの振り付けや演出に関する引き出しの多さは、そうやって培われたのですねぇ・・・納得(--)

先生の出番後、楽屋にご挨拶に伺ったのですが、たくさんのお弟子さんや関係者に囲まれて、先生の人望の高さが伺えます。筆者もご挨拶すると、先生直々に大山に詣でた際に購入されたお土産までいただきました(先生ありがとうございました)。そして恐れ多くも感想など述べさせて頂いた際に、、、「これから中高年に向けて、見てるだけじゃなくて、是非やってくださいよぉ~」・・・と、思ってもみなかったことを先生に言われ、、、

「ナニ?!ボクガ?!、ニホンブヨウヲ(@@;;;;?!」

・・・あれ以来、「日本舞踊」の文字が頭から離れない筆者です・・・(^^;

2006年12月28日 (木)

【観劇メモ】今井次郎/大谷蛮天門/NODA MAP「ロープ」

週末の土曜日は、時々自動の今井次郎さんソロパフォーマンス@下北沢スズナリと、大谷蛮天門さんのひとり芝居「東京戦争」@中野テレプシコール。本日は、NODA MAP「ロープ」@Bunkamuraシアターコクーン。

今井次郎さんは、小学生の感性がそのまんま冷凍保存され大人になったような人。芸術家?アーティスト?ミュージシャン?ん~オタク、変人?アウトサイダー?・・・うまい言葉が見あたらない。とにかくこんな面白い人はそうそういない。天然モノのある種、天才であることは確か。幼い頃、一片の木切れが、切り抜いた紙の端くれが、自分の妄想世界では、未来の戦闘機にも、夢のスーパーヒーローにも、悲劇の王女にもなって、延々と彼らとともに物語の中で遊び暮れた。そんな世界観を人間シーラカンスとなって持ち続ける人。その妄想の勢いは衰えを知らず、それどころか、次郎さんの物語はすべて音階がついている。音楽と共に世界のあらゆる無駄と呼ばれるモノに命を与える天才。その世界はキッチュで、一瞬のはかない光を放ち美しい。。。と思っている端から混沌に飲み込まれゴミになる。。。

大谷蛮天門さんのひとり芝居。自分で書いてひとりで45分を演じきる。テント系の稽古では定石の自主稽古を舞台にのせたようなものか。宣伝文に大谷さんを称し“伝説の俳優・・・”なる文言。ん~、伝説もなにも、まだ現役じゃないですか。一気に45分演じきるのかと思いきや途中三回くらい音楽で繋ぐ幕間が入ることに気をそがれ演出に疑問。。。大谷さんのひとり立つ姿に、つくづく役者とは、一種の病気であり、業の深い因果な人種であることを自分含め思いしらされる。。。

NODA MAP「ロープ」。最近作品ごとに、どんどん往年の言葉遊びが減り、メッセージがストレートに前面に出てくるようになった気がする。日々情報の波に晒されイラク戦争すらすっかり飽きた私たち、やがてお決まりの忘却へと流されることへの、やむにやまれぬ野田氏の警鐘か。。。物語は解散寸前の弱小プロレス団体を舞台に、「暴力」「人殺し」「戦争」「魂」「引きこもり」「あったことをなかったことにする」「ベトコン」「消されたミライ」「視聴率」「ユダヤの社長」etc野田一流の言い替えや言葉遊び無く、ボンボン直接的なワードが繰り返し押し出される。中盤さしかかる前に物語が読めて眠くなったが、それでも、ギルバートオサリバン「Alone Again 」かかる鮮やかな幕切れに、思わず気持ちが大波に巻き込まれるように一気に持っていかれ「終わりよければ全てヨシ」。宮沢りえ疲労が声に出ている姿もまたけな気。藤原くんはやはり華がある。暮れも押し詰まったとはいえ、仕事納めにはまだ数日ある平日の14時の回。見渡せば9割が女性(20代~50代と思しき)も当たり前なのか。男性いるも、学生かフリーな職業の方々風。ハードで直接的だが、ある意味分りやすい芝居だけに普通の観客に充分アピールすると思われ、日ごろワイドショーばかり見ている有閑主婦にも、少しは何をか感じさせる時間になったか。しかし、実はこの物語を作らせた元凶とも言うべき権力の虜たち、つまり社会の最前線で日々闘っている「男」が観客席にはいないわけで、、、

2006年12月18日 (月)

【観劇メモ】青年団「ソウル市民」/劇団ひの「ら抜きの殺意」

この週末、お芝居を2本、いえ正しくは5本観劇したのですが、その個人的な雑感です。

平田オリザさん率いる「青年団」。白状しますが今まで一度も観た事ありませんでした。そして彼らに貼られた「静かな演劇」なるレッテルから、意味も無く遠ざけてきたのでした。まあ実際は、観る気はあったけど何となく足が向かなかった・・・と言う方が正しいかもしれませんが。

で、まあこの週末、なぜか足が向いたわけです。吉祥寺シアターにおいて、彼らの代表作であるソウル市民三部作「ソウル市民」、「ソウル市民1919」、「ソウル市民昭和望郷編」が一挙上演されることを新聞紙上で知った筆者は、三本まとめて見るために、わざわざアゴラの支援会員にまでなって(その方が一本あたりのチケットが安くなると勧められたもので)一日三本まとめて観るという暴挙に出たのでした。

で、感想は・・・・大変面白かった!!!(三本分の!マーク)

目から鱗とは、このこと・・・

何を今更と言う方も多いでしょう。ええ、これはある意味筆者の恥さらしというか、懺悔でもあるのです。観た事も無いものに勝手にレッテルを貼って「静かな演劇なんて・・・」と意味も無く遠ざけていたわけですから。それって、カトレアの標榜する「食わず嫌いはいけません」に全く反しているわけです。

っていうか、誰だ?そもそも彼らの芝居を「静かな演劇」なんて安易にレッテルを貼ったのは?あ、俺か^^?・・・全然「静か」じゃねえじゃねぇか!騒がしいところもちゃんとあるし!、、、ってまぁそういう単純なことだけじゃないけど(^^;。。。狂気溢れるシーンでは腹をかかえて大いに笑ったし、勝手に妄想膨らませていた「静かな演劇」なんかでなかった。そもそも「静かな演劇」というのは、平田オリザ氏の自著にも書かれているけど、80年代終わりの岩松了さんあたりから、そう呼ばれていたようですね。舞台を縦横無尽に動き回る(中にゃ踊ったり歌ったりなんかして)80年代小劇場ブームの劇団やマシンガンのように早口で絶叫するアングラ演劇に対抗してつけられたことは明らかですが。。。まぁ筆者もその「うるさい演劇」(そんな呼び方ないですが)を信奉し傾倒していたのは確かです。。。

物語は、20世紀初頭の朝鮮半島、京城に住む、資産家「篠崎家」家族の、とある一日から立ち現れる時代状況と、普通の人が持つ普通の差別感、狂気、支配するもの、支配されるものの哀歓。・・・舞台を観る事をお薦めするのでそれ以上は割愛。三本まとめてみると、これが見事な年代記となる。なんてことない会話だけど実は緻密に計算された戯曲。なんでもない日常から普通の人の「狂気」がちゃんと焙りだされている。いや安易に「普通」と書いてしまったが、物語りに登場する人々は、実はみんなちっとも普通じゃない。そもそも「普通の人」ってなんだ?人は誰しも「狂気」を隠し持っており、それを声高に狂気を露呈するドラマツルギーを用意せずに淡々とダイアログを積み重ねることで、やがて非日常的な仕掛けが、ちらりと顔を出す。。。しかし初演が80年代終わりに書かれた「ソウル市民」と新作「ソウル市民望郷編」と比べると、書き手の平田氏の筆圧が、微妙に変化していることも感じた。エンターテーメント性が増してるんじゃ?と思わせましたね。

普段の喋り言葉にほとんど近いダイアログ。平田式口語体演劇とも言うのでしょうか、平田オリザさんって、発明者だわ。観ながら「こりゃあ、この作品は…井上ひさし、いや、現代のチェーホフだ(言い尽くされてるらしいが)」と感じたのでした。

役者もいい。実は、青年団の役者って、みんな平田システム(平田教)に従う、顔のない役者ばかり(酷い言い方だ)・・・と観てもいないのに勝手にレッテル貼って妄想していた筆者。しかしそんな自分を恥じました。ほとんど全員、立派に実力派の役者さんばかり。しかも皆さん外部でもちゃんと立派にお仕事していらっしゃる。知らぬとはいえ失礼いたしました。いや知らないことは時に罪ですね。なにより筆者が好きでずっと見ていたフジテレビのドラマ「アンフェア」の、安本刑事を演じた演技派俳優・志賀廣太郎さんが、会場でしかも出演者でなくスタッフで場内整理してるではないか!っていうか、この人、青年団の役者だったのかぁ?!ということで全てを了解した筆者。。。が遅かりし由良の介・・・(--

・・・って、ホント知ってる人は、何をいまさら!と笑っていらっしゃることでしょうね・・・

なるほど、青年団を期に、「ネオ新劇」、「ネオリアリズム演劇」なるものが若い劇団に広がった理由が分かった。筆者が青年期に信奉していた「80年代小劇場系演劇」が、また霞んで見える思いひとしきり・・・ああ、とうとう大人になってしまったんだなぁと40を過ぎてようやく実感。。。繰り返しますが、カトレアが標傍する「食わず嫌いはいけません」を正に身を持って感じたひとときでした。

それと

劇団ひの アトリエ公演「ら抜きの殺意」(作・永井愛)。筆者の住む日野市で劇団創立30周年を迎え頑張っている市民劇団。実はこちらも初見。いままで帰宅途中の街角の掲示板(市報なんか張ってあるやつ)でポスターを見かけ、何度も行こうかな、と思って見逃していたのですが、前の日に青年団を観たあとで、どうも身体が生理的に、そういうもの(どういうものだ)を欲していたのか、なんなのかよくわかりませんが、ひょいっと当日券で観にいった。

アトリエは、古い民家と二階建てプレハブが合体したような、なんとも手作り感溢れいい感じ。劇場はそのプレハブの一階部分なのだが、舞台は間口三間、奥行き一間半、客席はひな壇になってはいるものの、50人も入れば超過密状態。舞台部分と客席最前列に緩衝地帯はなく、つまり役者が舞台面に立つと、最前列の客は役者の顎の下を見るということに。つまり狭い。(舞台に足を出さないでくださいと始まる前にアナウンス)しかし、会場を埋めている市民の方々、おそらく出演者の身内関係者と思われ、年齢層も、それこそ赤子、小学生からおじいちゃんまで、なんともアットホームな地元感溢れるいい感じの空気でいっぱい・・・そう、この感じ・・・懐かしかった。学生時代、茨城のとある大学に籍を置きながら、大学には通わず、AKUAKUというライブハウスに通い、学生生活を芝居に熱中して湯水のように無駄に日々を過ごしていたのですが、あの狭いライブハウスにぎゅうぎゅう詰めの汗まみれで芝居を観ていたころ・・・AKUAKU主催の「つくば演劇フェスティバル」で知り合った、茨城の市民劇団で水戸の「月虹舎」、地元でお仕事しながら頑張っている役者さんや、それを取り囲む地元のお客さんの温かい空気・・・あの感じ・・・そんなこと思い出した。。。あ、話がそれた(^^;

で実際、お芝居の感想は・・・大変面白かった!

劇団ひの。セミプロ級に非常にうまい役者さんから、下手だけど芝居への「思い」が、その人のキャラクターをちゃんと際立たせていい感じの役者さん(まさに市民劇団ならでは)までいろいろいて良かった。今回「らぬきの殺意」は永井愛の戯曲の面白さも手伝ってだろうが、よく笑わせてもらった。面白かった。

お話は・・・しがない健康食品会社に入社してくる分けありな中年男。この人実は中学校の国語の先生で、バブルに踊らされオーナーズマンションで大失敗、多額の借金抱え、学校に内緒でバイトに。そんな男を巡って、現代日本の「ら」抜き言葉に見られる言葉の乱れの問題、何故日本には「男言葉」と「女言葉」が歴史的に存在するかというようなジェンダーな問題から、標準語と訛りの問題など・・・etc、言葉を巡るスラップスティックな笑いが渦巻く。

このおんぼろだけど、いい味出しているアトリエは、惜しくも来年新しくきれいに建て替えられるという。新しいアトリエは市民の活動の場にも開放するということらしい。しかしその総工費はなんとウン千万円!?その費用のほとんどを、団員たちの努力なのか、カンパや貯金して集めたらしく、もうナン百万かで集まりきるとかで、更なる支援を観客に求めていた。筆者も及ばずながら小額カンパ。・・・むむむ、しかしすごい、えらい。来年の夏には市のホールで「オリバー・ツイスト」をやるそうで、「たくさん配役があるので、団員募集しています」と。(ちょい役で出させてもらおうかな・・・)

なんか、そんな彼らを見ていて、いろいろ思いましたね。芝居って誰でも出来る。そして、やってる本人が楽しければ、最高だ。しかし義務になった途端、酔狂を忘れた途端、それは色褪せる。

果たして「青年団」と「劇団ひの」と、「カトレア演劇発表会」を隔てるものは何か?実は何も無い。そこにあるのは、演劇をいかに愛しているか、演劇にいかに集中しているか、その為にどれだけ努力を惜しまないか・・・ということだけのような気がした。

きっと20代の頃だったら、青年団も、市民劇団も、見ることはするけれど、こんなにもシンパシーを感じることはなかっただろう。稽古が大事な、こういう丁寧に作られた芝居を、「ケレンミ」と「役者よりも観客がビックリするような装置」が全て!だったような20代の筆者は、自分にひきつけて考えることなんか出来なかったろうなぁ。。。嗚呼、、、大人になったんだなぁ・・・特に劇団ひのなんかを見ますと、計算ぬきで純粋に人が集まって一緒に何かをやることの楽しさ尊さが、しみじみ身に染みるお年頃になってきたんだなぁ・・・と。

そして、つくづく「食わず嫌い」が世界を狭めること、未知のものに勝手にレッテルを貼りカテゴライズすることによって自分の狭い世界を守ろうとすることの底の浅さ、偏見の傲慢さ、、、など実感させられた、価値ある週末でした。長文御免。

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