宮本研「美しきものの伝説」
1月18日(木)18:30~中野天神会館にて、第三十二回カトレア読書会が行われました。参加者は、笠原さん、北川さん、川崎さん、輿石さん、羽豆さん、白州さん、秦さん、林の8名でした。
テキストは、先回読んだ「明治の柩」宮本研が、思いのほか面白かったので、続けて、「美しきものの伝説」を読みました。美しき季節、大正浪漫。芸術と革命に人生を賭して生きた人々の青春群像劇とでも申しましょうか。
時は大正元年。野枝(婦人解放活動家で、後に大杉栄の妻になる伊藤野枝)は、四分六(社会主義活動家で光文社を設立した堺利彦)の売文社を訪ね、クロポトキン(無政府主義運動の中心人物の大杉栄)やモナリザ(新婦人協会を設立した平塚らいてう)に出会うところから物語は始まります。
その後、野枝とクロポトキンとの恋愛を軸に、社会変革に身を賭した、暖村(社会主義活動家で労農派の中心になった荒畑寒村)、学生(プロレタリア演劇活動家の久保栄)。女性解放に奔走した、サロメ(新聞記者の傍ら民主婦人協会設立し、後に衆議院議員になった神近市子)。演劇に人生を捧げた、先生(松井須磨子と芸術座を設立した島村抱月)、松井須磨子(芸術座の看板女優)、早稲田(芸術座退団後に新国劇を設立した沢田正二郎)、ルパシカ(築地小劇場の中心人物である小山内薫)、音楽学校(抱月の書生から芸術座の音楽家になり、後に国民的作曲家になった中山晋平)。そして、その何処にも属さない幽然坊(ニヒリストで、「創造的虚無」を標榜する思想家の辻潤)、etc・・・・そんな芸術と社会変革のために、己の生き様や崇高なる理想と、時代という抗えないものとの葛藤の中で、死をも厭わず生き急いでいった、愚直に熱い人々を、時に喜劇も交えて戯画的に描いていきます。 常に官憲によって尾行されながら、発禁、投獄もなんのその、生きるエネルギーに満ち溢れ、崇高な理想を追い求めた彼ら。
物語は、島村抱月が病で亡くなり、その後を追うように松井須磨子が自殺を遂げ、一方、発禁で金銭の底が尽きた四分六が売文社を畳み、、、そして関東大震災後に大杉と野枝が出掛けるシーンで終わります。
抱月、須磨子が死に、売文社が潰れた知らせを聞いたときのクロポトキンの台詞が印象的です。以下、台詞を抜粋します。
四分六 死ぬ、死ぬ、みんな死ぬ。・・・二元の道の芸術座が死に、二元の道の売文社が死ぬ。
クロポトキン、立つ
クロポトキン 花で飾った一本の杭を立てよう。そこに民衆を集めよう。そしたら、それが祭りになる。・・・幸福で自由な民衆には、劇の必要はない。必要なのは祭りだ。・・・そのための劇。そのための仕事。
むむむむむ・・・「花で飾った一本の杭をたてよう。」!・・・この台詞は、まるで私たちに、この不穏な時代を生き、表現なんぞにかかずらわってしまった私たちに向けられたメッセージじゃないですか?!私たちは、「一本の杭」になり、小さくとも色鮮やかな一輪の花を咲かす使命があるのです、「そしたら、そこが祭りになる」!。。。と勝手に感化されました(^^;
終幕近く、野枝と大杉、夏の日差しの中、まるで死に装束のような白い夏服を着た二人・・そのラストの台詞を抜粋します・・・・
クロポトキン ベル・エポック・・・考えていたんだが、この大正という時代、のちになったら、みんながそういうだろうね。・・・のどかな・・・じれったいほどののどかな、美しい、いい時代だったとね。・・・つらい。・・・何が、よき時代なものか。
野枝、空を眺めている。
野枝 もうじき秋だっていうのに、まるで真夏
クロポトキン ・・・・・・・
野枝 ・・・参りましょうか
野枝、パラソルをひらき、クロポトキンにさしかける。
微笑。
二人、そのままのポーズで凍る。
そうです、この後、史実では大杉と野枝は憲兵に捕らえられ、甘粕憲兵大尉に拠って秘密裏に惨殺されるのですね。。。二人の姿が、激しくふりしきる蝉時雨の中、まるで陽炎のように消え、その後ろ、コスモスの向こうから、登場人物たちが蜃気楼のようにシルエットになって現れる・・・美しい幕切れです。
この「美しきものの伝説」、発見の会の戯作者でもある上杉清文氏に「戯曲を読むなら、宮本研!日本語が美しいですよ」と、紹介していただのですが、確かにお説ご尤も。上記抜粋した台詞の数々のように、その日本語の美しさを堪能しました。
宮本研、今後とも、まだまだ読んでいくつもりです。
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