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友達フォトアルバム

  • 1-3-2 たったの五千六百円なのよ・・・
    安部公房作 カトレア読書会演出 「友達」 2006年11月30日(木)~12月3日(日) 手織座にて

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2006年9月22日 (金)

アーノルド・ウェスカー/作 「大麦入りのチキンスープ」

第二十四回カトレア読書会が9月21日(木)夜、駒込にて行われました。
参加者は、笠原さん、秦さん、輿石さん、市村さん、泉くん、帆足さん、林の7名でした。
今回は、夏の合宿で笠原さんから提出されたテキスト「ぼくはエルサレムのことを話しているのだ」の、スターウォーズ風に言えば“エピソード1”にあたる、アーノルド・ウェスカー/作 「大麦入りのチキンスープ」を読みました。日本でこれまで、アーノルド・ウェスカーがどの程度認知されていたのか分かりませんが、

【物語】1936年ロンドンの労働者街イーストエンドは、スペイン内戦をめぐってファシストと対立する人たちが「ノーパサラン!(奴らを通すな!)」と叫びファシストの行進に抵抗するために街路に溢れ、反ファシズム、スペイン内戦への熱気に沸き立っていた。
ヨーロッパ生まれのユダヤ人の夫婦、小柄で情熱的な女性サラ・カーン(37歳)と、痩せ型で人なつこいがどこか弱気の夫、ハリー・カーン(35歳)。
カーン家はそんなイーストエンドの一角の地下室にあった。夫婦の話題もまた今日行われる大規模な反ファシスト・デモのこと。今日のデモに参加するために彼らの娘のアダと息子のロニイは、サラの兄のハイミイのところへあずけられていた。そこへ夫婦の友人である、ユダヤ人の若者、モンティ、プリンス、デイブがデモへ行くために勇んでやってくる。
デイブは国際義勇軍として、明日、スペイン戦線に発つという。デイブのスペイン遠征に関して、彼らは激しく意見を戦わすが、いつのまにか外ではデモが始まる。慌てて飛び出して行く彼ら。
その夜のカーン家、サラの兄ハイミイがデモで負傷し、治療を受けていた。ハリイの妹のシシイも居合わせ、皆で今日のデモについてその戦果を語り合った。しかし労働組合の有能なオルガナイザーだが、どこか冷徹な印象を与えるシシイをサラは嫌っていた。そこへひとりきりでハリイが遅れて帰ってくる。聞けばハリイはデモには加わらず、母親のいる実家に隠れていたのだ。おまけにハリイがサラの財布から金を10シリングくすねていたこともサラの逆鱗に触れ、結果、二人は夫婦喧嘩に。

時は過ぎ1946年大戦が終わったロンドン。カーン家は居を移し、市営アパートに住んでいた。しかしサラとハリイの夫婦喧嘩は相変わらずで、仕事もろくにしないで家にばかりいるハリイを責めるサラだった。娘のアダもまた人生を諦めてしまったような父ハリイを軽蔑していた。アダはスペイン戦線からもどったデイブと結婚して、田舎で木工をやりながら自給自足で生活し、社会主義を実践するのだと希望に燃えていた。しかし社会主義における理想主義と現実主義の意見の違いで、母サラと対立する。一方、息子のロニイは労働党の活動に没頭し毎日を忙しく過ごしていた。。。

非常に、いろんな意味で身にしみる作品です。しかしこの作品をウェスカーが20代に書いていたということが驚きです。才気ばしってます。この作品は三部作で、もう一本「根っこ」という息子ロニイを主人公にした作品があるそうで、是非読みたいと思います。

ウェスカー面白い!

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